Admin Area

岸壁の上に立ち - The Final Hours of Half-Life 2 日本語訳

http://www.gamespot.com/features/6112889/p-17.html

 もしGabe Newellが自分の思い通りにできたのなら、2003年の9月30日はValve社でじっと身を隠していたことであろう。彼は期日の遅れに深く恥じ入り、またファン達によるインターネット上のValveへの強烈な非難に苛立っていた。つまり彼は、2003年9月30日を無難なくやり過ごしたかった。しかし残念ながら、それは叶わなかった。彼には避けて通れない、重大な義務があった。Half-Life 2立ち上げパーティのことだ。グラフィックカードの製造会社であるATIは、前もって何ヶ月も先まで計画を立てていた。そしてそれはもちろん、ゲームが9 月30日に出荷されるものと完全に仮定した上での計画だった。

 広範囲にわたる広告宣伝契約の一環として600万ドル以上をValveへ提供したとうわさされるATIは、ゲームと新グラフィックカードの立ち上げを祝う盛大な祝宴を計画した。サンフランシスコにあるアルカトラズ島全体を借り切り、その刑務所内でパーティを主催するというものだ。Newellはそのイベントを辞退したかったが、できなかった。それはビジネスパートナーに対する義務であった。「我々が期日を逃すことを決して快く思わない」パートナーであると、彼は言う。

 9月30日の午後、Newellはサンフランシスコのピア41に到着し、彼をアルカトラズへ搬送するであろうフェリーへと乗り込んだ。これは彼にとって、最もひどい悪夢であったに違いない。 Half-Life 2の発売日について容赦なく質問を浴びせ続ける以外の何者でもない集団である、世界中のゲーム報道陣と共に島内に閉じ込められたからだ。

 午後8時30分ごろ、赤のポロシャツを身にまとったNewellは刑務所内の仮設ステージへと登っていった。彼が何を言おうとしていたのかを知る者は、誰もいなかった。彼はしくじった発売日に対し何らかの取り繕いをするのであろうか。彼はゲームの新しいデモをお披露目するのであろうか。この場は Newellが欺き疎んじてきたファン達の信頼を取り戻す、よい機会であった。彼がすべきは謝罪の言葉と、完成間近のゲームをお披露目することであった。しかし彼は、そうしなかった。その内容は前もって周到に準備されたと思しきATIを称えた演説であり、それからSourceエンジンのとても短い「ベンチマーク」デモを披露するものであった。Half-Life 2は、どこにも見受けられなかった。

 報道陣はショックで立ち尽くした。今日は9月30日なのに、それでもValveはHalf-Life 2を誰にも見せないとはどういうことだろう。マップの1つすら見せないとは。またもプロジェクト状況についてのうわさが渦巻いた。2003年内の登場すら危ういのではないだろうか。シアトルへ戻ることをひどく欲したNewellが牢獄から立ち去ろうとしたとき、GameSpotに一時その行く手を阻まれた。
 「私は発売日が嫌いだ」
と、彼は言った。
 「我々がどんなに頑張ろうとも、自らそれを駄目にしてしまう。」
その発言と共にNewellはドアから抜け出し、午後9時30分発第一便の本土行きフェリーにどうにか乗り込んだ。

 Newellはただ、9月30日を終わらせたかった。そんな彼を非難できるのであろうか。6ヶ月前のこの日は、誰もがゲームをプレイできると彼が約束をしていた日だ。そして今、ゲームをプレイしているものは誰もいない。誰も。いや、ドイツ南部にいる若い男を除いては。

[ NEXT PAGE ] [ The Final Hours of Half-Life 2 日本語訳 インデックスへ戻る ]

Comments

まだコメントはありません。

Add Comments


:


:


:



TrackBack

Trackback URL :

まだトラックバックはありません

The Final Hours of Half-Life 2 Japanese

ARTICLE INFO

Date : 2005-05-15
Author : fov120
News Category : HL2 content
861795 (7D:1813 Y:263 T:126) [Mode] Since 2006-06-01
Copyright © 2003-2008 fov120.net Some Rights Reserved.
Powered by Nucleus